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不飲生活

アルコール依存症家系に育ち、自分も診断された後に断酒を続けています。お酒、その他依存に関する事をかきつらねます。

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世の中のアルコール依存に関する知識の無さ

私の飲酒歴史の記事にちらっと書いたのですが、私の父はアルコール依存症の果てに亡くなっております。

アルコール依存症が原因で離婚後、私達が出て行った家で亡くなっています。

この事に関する事はまた、後日ゆっくり書かせて頂けたらと思います。

 

こういった環境で育ち、なお自分もアルコール依存症と診断されています。

こういった人生を振り返って、アルコール依存に関する世間の知識の無さを非常に強く感ました。

 

父が亡くなった際の葬儀では、当たり前のようにお酒が振る舞われ、父方の親戚によりお墓にもお酒がお供えされました。

(今思えば、お酒が原因でお酒に殺されたような人に対して、なぜ??)

父の友人や親せきは皆口をそろえて「彼はお酒に強かった」と言っていました。

(単にお酒を飲み続けることが出来ていたからだと思います。)

当時の私もアルコール依存症に対する知識など全くなく、父は父が自分の弱さのせいで勝手に酒を飲み家族に迷惑をかけ勝手に亡くなった、と思い込んでいました。

なので憎むべき対象は「父」であり「お酒」ではないと思っていました。

 

色々と自分で書籍等読み、それなりの知識がついた今では悪いのは「お酒」「お酒を合法化している社会」「お酒に対する世間の誤認」だと私は考えています。

しかし、それでも尚子供の頃の記憶は脳裏を離れる事はなく

亡くなった今も、自分も末期ではないものの同じ病気になってもなお、父を許す事は出来ていません。アルコール依存症とは非常に複雑で、周囲をも不幸に巻き込む恐ろしい病気です。

 

エラそうに書いてはみたものの

同じ診断をされている私に対しても、皆同じ感情を抱いているのでしょう。

お酒に対してだらしなく、いい大人なのにコントロールが出来ない、ましてや女性なのに、と思われていたと思います。

(この社会ではもちろん99%の人がそう思っても仕方がないと思います)

あれだけ迷惑をかけられた母ですら、私は気にし過ぎなだけでアルコール依存症ではないと言い張ります。アルコール依存症とは父のように毎日、毎朝から酒を飲む大の男性というイメージでしかないのだと思います。

 

そういった社会の誤認が私含め断酒を続けている方々にとって、乗り越えければいけない壁であると日々強く感じています。

お酒やアルコール依存症に対して正しい認識をしている方が、圧倒的なマイノリティである事をしっかりと自覚して日々断酒を続けていきたいと思います。

 

お酒を楽しく飲んでいる人達にこういった考えを強要しようという気持ちは全くないけれど、将来自分の子供が生まれたら、絶対お酒は飲んでほしくないかな。。